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英国の風を感じに。クラシカルオステオパシーWeek3セミナーに参加した

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ゴールデンウィークはクラシカルオステオパシー・Week3セミナーに参加してきました。

写真はI.C.O(英国クラシカルオステオパシー学会)医学部長クリス・バッテンD.O.先生とサンディーD.O先生

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1日6時限目まで、5日間計30時間の授業。

関西暮らし・・・まさに平凡な日常が勉強漬けになる、暮らし刈るなセミナー。。。

オステオパシーの歴史

オステオパシーは、アメリカ人の医師アンドリュー・テイラー・スティル(1828〜1917)により研究・開発された医学(療法)です。

妻と3人の子供を出産の合併症や髄膜炎、肺炎などで次々に亡くしたスティル医師は、自分の無力さに嘆き、これまで自分が学んできた医療に疑問を持つようになりました。

彼は38歳の時に、今まで自分が実践してきた医師としての常識をかなぐり捨て、あらゆる自然科学、解剖学、生理学、病理学、また非常に広範囲の学問を徹底的に学び直し『人体』や『命』に関する独自の研究を始めたのです。

それから、10年程の歳月が過ぎた頃に、世に『オステオパシー』を発表します。

当時の医学界や教会からは相当に反論を受け非難されたそうですが、スティル医師の施術を受けた方の回復ぶりはめざましく、次第に実績を積み上げてじきに一人では診きれないほどの患者が集まるようになりました。

1892年、カークスビルに初めてのオステオパシーの学校を設立し、病院も併設されていて、多いときに1日400人の患者さんがこられていたそうです。

1917年に亡くなるまでに、多くの生徒を教育しました。
その中にスコットランド出身のJ.M.リトルジョンという人物がいます。

彼はアメリカに渡って、A.T.スティルの治療を受けて、身体が回復、大変感銘を受けました。カークスビルの学校に入学して、初代の生理学部長にも就任します。

その後、いろいろあって袂を別けたJ.M.リトルジョンはイギリスにおけるオステオパシー教育と診療の中心人物となったのです。

J.M.リトルジョンと8歳の頃に出会い、オステオパシーを学んでみないかと言われたのが、I.C.O(英国クラシカルオステオパシー学会)の創設者の一人・ジョン.ワーナムD.O。J.M.リトルジョンの教えや哲学を元にした治療を実践し、生涯教え続けた人。

90歳を過ぎて自転車で坂を上り下りし、2007年に99歳で亡くなる3ヶ月前まで患者さんを治療していたという、すでに伝説のような人です(笑)

そのI.C.Oの教育カリキュラムである、Week3セミナーに参加してきたというわけです。

長かった(笑)

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WEEK1は全10回

WEEK2〜4は各5日間のカリキュラム。

Diploma Courseは4日間×5回のコース。

日本クラシカルオステオパシー協会・JACOの理事の先生方は、この最上位のDiplomaをお持ちで、気が遠くなるような勉強をし続けている方々ばかり。

今回は、クリス・バッテンD.O.先生とサンディーD.O先生が肺炎、気管支炎、頭蓋のクラシカルオステオパシー的治療などなどを講義していただきました。

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これがブリティッシュスタイルなんですかね?

会場にはお菓子食べ放題のティーコーナーが常設。

今回のテーマは『バランス』でしたが、前回のWeek2のテーマであった『リズム』すらむずかしいのに・・・いつもはピッと一瞬でやってしまうので、この永遠のように感じるゆっくりとしたリズムに乗れない。。。またそれも修練ですよと理事の先生からお言葉をいただき、マジメに勉強してきました。

いろんな意味でお腹いっぱい、暮らし安心、クラシカル(笑)

わたしは暮らし刈るでしたが、患者さんにとっては、暮らし軽オステオパシーになることでしょう(笑)

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